先日、記事にしたエッフェル塔を囲うように描かれた72人の科学者たちの名前。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、そこに刻まれている72人は、すべて男性です。

個人的には、これまであまり気にしていませんでした😅。
けれど、男女平等が広く語られる現代において、「では女性は?」という問いが自然と浮かび上がってきます。
そしてその声を受けて、エッフェル塔に女性科学者の名前も刻まれることが決まりました。

さて、どこに刻まれるのでしょうか。

名前は「足される」かたちで刻まれる

この話が持ち上がってから、エッフェル家の子孫の会も参加し、検討が重ねられてきました。
その結果、選ばれたのは「置き換える」のではなく、既存の72人の名前のすぐ上に、新たに刻むという方法でした。

つまり、19世紀に選ばれた72人の男性科学者の名前はそのままに、21世紀の視点から、新たに72人の女性科学者の名前が加えられることになります。

下の図はあくまでもイメージです。↓

© Agence Pierre-Antoine Gatier
© Agence Pierre-Antoine Gatier

誰もが知る名前から

そして新たに刻まれる72人の女性名前が発表されました。私たちが聞いてまずピンとくるのは、ポロニウムとラジウムを発見し、ノーベル化学賞を受賞したマリー・キュリー 。キュリー夫人でしょうか。

パリ大学初の女性教授でもあり、「女性科学者」という枠を超えて、科学史そのものを語るうえで欠かせない存在です。

そして、なんとも誇らしいことに、72人のリストの最後にToshiko Yuasa、湯浅 年子さんのお名前が!(リストはアルファベット順)

湯浅年子さんは、日本国外で本格的に研究活動を行った最初期の日本人女性物理学者のひとりとされています。

研究者:湯浅年子さん

1909年東京生まれの湯浅年子さんは、物理学、特に原子核物理学の分野で研究に勤しまれました。
日本で学んだ後、女性が研究者として活動することが難しかった時代に、単身フランスへ渡り、パリで研究生活を送ります。

戦時下では、日本はドイツと同盟を組んでいた都合上、ドイツに研究の場を移し、後に日本に帰国。戦後再びフランスに戻られ、フランス国立科学研究センター(CNRS)に所属し、原子核の構造や反応に関する研究に長く携わりました。

第二次世界大戦という激動の時代を挟みながらも研究を続けられた、素晴らしい女性です。

派手な発明や「発見」の名で語られることは少ないかもしれません。
けれど、基礎研究の現場で、粘り強くデータと向き合い続けた研究者でした。

その名前が、パリの空にそびえるエッフェル塔に刻まれる。
それは、日本とフランス、そして科学史を静かにつなぐ出来事でもあります。

エッフェル塔に刻まれる72人の女性科学者の名前は、「遅れて与えられた評価」かもしれません。
けれど、それでも 刻まれる という事実には、確かな意味があります。

石に刻まれた名前は、見上げる人に問いを投げかけます。
「この人は誰だったのか」
「なぜ、ここに刻まれているのか」。

新たに加わる72の名前は、科学の歴史が、決して一色ではなかったことを、これからも静かに語り続けてくれるでしょう。

湯浅さんのお名前はどちらの側に刻まれるでしょうね。

今から楽しみです。